俺は、師匠の弟子だ。
俺はレスラーをやっていた。「デス・ドラーゴ」ってんだ。名前通りの悪党でな、体格には恵まれてたし、ツラも鱗も岩みてえにゴツゴツしてたから、適任だった。わけもなく怖がられるのにいつもイライラしてたからよ、うっぷんを晴らすつもりで暴れてたらちょうど良かった。そのうち演じてんのかも素なのかもよくわかんなくなっちまってたが、「デス・ドラーゴ」でいるうちはちやほやされっし、メシも食えるし、女も寄ってくっから、あまり深く考えないでいた。
でもな。最後の試合、いまの師匠とだ、そのときに覆面を剥がされたとき、ぽっきりと何かが折れちまった。悪党ぶる気力も演じるやる気も全部すうっと抜けてって、ただただごめんなさい、もうやめますって気持ちになったんだ。何か残り滓のようなものが腹ん中で蠢いてて、すっかり入れ替えてしまいたかった。だから師匠の弟子になれって言われたときは二つ返事でうなずいたよ。見習いとか下っ端とかそういうものになって、何を言われてもへいって返事するシンプルな生き物になりたかった。
師匠はすごい方だ。なんだか超常的なお力を持っていて、いろんな姿に変身できる。こないだ人間の女に化けて俺を抱きしめてきて、俺は動悸や呼吸がものすごいことになり、考えるまでもなく股間からアレが飛び出て、汁をびゅーびゅーと噴出させていった。どうしてかわかんない。俺は人間の女が好きだったのか? それとも師匠に卑しくもそういう…欲情を持っちまったのか? どっちかわかんねえで俺はただただ虚空を見ていたが、師匠はそれを見てころころと笑ってくれた。
「遊んでみるか」
何の話かよくわからなかったが、師匠がそう言ったので、俺ははいと言った。
「えっ」
私の口から声がこぼれた。――私の声ではない、野太い、しゃがれた響き。
私は…なにをしていたんだっけ?
ゆっくりと記憶を辿る。
私は祓魔士、レアだ。調査任務についている。各地の魔跡……魔族や異界の住人による構築物……を調べ、その危険度を記録する仕事。なにか塔のような魔跡を発見し、その内部を探索することにした。
そして…そうだ…突然何かをぶつけられ…身体が……魔物のような姿に……
私はゆっくりと己を確かめる。
太い指…分厚い手のひら…肉で膨張した腕…盛り上がった肩…弛んで垂れ下がる胸…小山のように突き出た腹…そして……
「あああああああああああああああああああああおほッ!!??!!!」
私は絶叫し、そして同時に射精した。
股間から突き出た赤黒い魔物の性器がびくびくと脈動し、その先端から体液がほとばしっている。
痺れるような快感が全身を巡る。
むわりと獣じみた――あるいは硫黄のような――体臭が自分から匂い立つ。
その不快感を認識した途端、私は再び射精した。
痺れと快楽。さっきまで考えていたことが得体のしれない幸福の波に塗りつぶされる。
このままでは永遠にこれの繰り返しになる。全身に力を入れ、食いしばり、ゆっくりと身体の動きを制御する。
ようやく目線を自分の身体から外すと、目前には"師匠"がいた。
「お久しぶりー、どう?」
"師匠"は軽快に、まるで道端で出会った隣人のような笑顔で私に挨拶をした。
敬愛する"師匠"に挨拶をしてもらったことで私は多幸感に包まれ、思わず口が緩…み…いや違う。こいつは…こいつは…"師匠"だ。違う! くそっ! 他に使うべき言葉があるはずなのに出てこない。精神を操られている。おぞま――
「おほッ!!」
また私は射精した。
「おもしろ」"師匠"が笑顔を崩さずにコメントする。
「俺の【コレクション】は、マスクにしたときに色々能力が宿っていて」
改めて見ると、"師匠"は私の姿をしていた。
「デス・ドラーゴだったかな。そいつをマスクにしたときに」
私の顔が、姿が奪われた。
「【苦痛を快楽に変換する】って効能がついてたんだ」
私の顔をしたものが、にたにたと笑いながら私に話しかけている。
「一風変わってるだろ? だから、ちょっと試してみたくて」
「おほッ!!」
その恐ろしさと屈辱に全身が滾り、私は射精した。あたまのなかがちかちかしてすべてをわすれそうになる。
「あはあ。面白いなあ。やっぱり精神的な苦痛とかも変換されるんだ」
「きさ…まァ…ッ!!」
私は鼻孔を広げ、牙をガチガチと鳴らして唸り、"師匠"を睨めつける。敬愛する"師匠"にそんな態度を取ってしまったことでひどい罪悪感に苛まれる。それも精神支配の効果であることを認識し、私は耐え難い苦痛を感じ、射精した。
「おホッ……」
「あー面白い。"これ"はこんな感じなんだ。だいたいわかったから次行こ」
何かが切り替わる。
さっきまで混沌と渦巻いていた泥のようなものがすっかり消え去り、清潔で透明な綿のようなもので心が埋め尽くされる。
再び自己と現状を顧みる。
私は祓魔士レア。"師匠"の手によりデス・ドラーゴに変えられ、さらに屈服させられ、"師匠"の弟子になった。
「いまどんな気持ち?」
いま? どんな気持ちだろう。さっきまで自分に怒りや屈辱、恐怖が渦巻いてたことはわかっていたが、いまとなってはどうしてそう思ってたのか理解できなかった。
別に姿形が変わったっていいじゃないか。この姿もなんだか強そうだ。太い手足や指はいろいろなことに役立つだろうし、威圧感があって頑丈そうな肌も申し分ない。角や鼻面、牙といったものがあちこち隆起しているのも見ようによってはおしゃれだし、この分厚い胴体と突き出た腹、後ろからずるりと伸びるたくましい尻尾もとても肉体として安定感があって好ましい。女から雄になり、男根がいまも大きく飛び出してぴくぴく震えているが、この世に性別がある以上、別の性別になることをそんなに憂いてもしょうがないだろう。むしろ新たな世界を体験できることを喜ぶべきだ。
…ということを、私はたびたび射精しながら師匠に伝えた。
「面白いなあ、どこで変換するかのタイミング変わるんだ。さっきまでは思考の結論が出たあとに変換を噛ましてたけど、いまは思考の途中に介入してるんだね」
師匠が分析する。なんて聡明なんだろう。こんな優れた方の弟子になるなんて幸福である以外の解釈のしようがない。私はその悦びに打ち震え、また射精した。
「えーとじゃあ三段階目、これを試してみようか」
再び世界が切り替わる。
「えーと。どう?」
「うっす!」俺は射精した。
「いきなりだなあ。今どんな感じなの?」
「うっす!」俺は射精した。「ほんとは違うはずなのに、こんな野太い声で、雄みたいな返事しちゃうのが恥ずかしくて、それで射精しちゃうッス!」俺は射精した。
「違うって?」
「うっす!」俺は射精した。「なにか違うッス! 俺はこんな不細工なデブじゃないはずッス! こんな化物みたいな身体じゃないし、嫌な体臭もしないはずッス!」俺は射精した。「それに言いなりになって返事してるのも、なにかだめな気がするのに、逆らえないッス! 服従して、命令されたい気持ちで全身がむずむずするッス!」俺は射精した。
「自分の名前とかわかる?」
「うっす!」俺は射精した。「俺は…デス・ドラーゴで…いや違う、元デス・ドラーゴで…いまは師匠の弟子ッス!」俺は射精した。「でもそう思うだけで全身がふわあっとして、なんかよくわかんない恥ずかしさでいっぱいになっちゃうッス!」俺は射精した。
「ははあ。だいぶ基底のところでさっさと変換しちゃうから、意識に上がってくる部分がそれはそれで混濁しちゃうんだな」
「うっす!」俺は射精した。「師匠が何言ってるかわかんないッス! 自分が馬鹿になったんだと思うとすごい全身が熱くなるッス!」俺は射精した。
「まあいいや。面白いから、その状態で表に立ってオブジェになっといてよ。ポージングと射精はしてていいよ」
「うっす!」俺は野外の空気に撫でられ、通り過ぎる人の不審な目線を浴びながらじっとポーズし続ける自分を想像して射精した。
